天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

非人情グールド

ペライアのバッハには「もののあはれ」を感じているので今回のパルティータ消化作戦の柱はペライア。それを聴きながら名曲解説ライブラリー。6番を昨日の昼間テレビSpotify

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第1曲トッカータは後半がフーガと知る←名曲解説ライブラリーのお陰、漫然謹聴では気づかぬボンクラ鈍感め。ロマンチックドラマチックな言わばトッカータとフーガ。
そこで今度はグールド 。

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ああ、こんなに違うんや。ウェットなペライアvsドライグールド。ペライアはバッハに「もののあはれ」を見いだしそれを表現しようとするが、グールドは人情そのものを拒否する。


この小説の主人公である画工が「とかくに」「住みにくい」「人の世」47を離れ、「人情世界」48を「解脱」49した「非人情の天地」50を求めたのは、この非人情が「吾人の性情を」「陶冶」51するからであり、そしてなによりもその「人情世界」の軋轢から「拙を守る」52ためであった。
https://www.kototone.jp/ongaku/gg/gg4.html


グールドは晩年、草枕を愛読したとのことから「グールド 草枕 非人情」検索遭遇した記事から切り取ってみた。グールドがバッハに見出したものは非人情←煩悩の超越ではなかったか。参考 バッハ、煩悩を超える音楽
http://doyoubi.hateblo.jp/entry/2019/06/22/031525

 

 


 

パルティータ825-830消化中

昼は名曲解説ライブラリーの譜例、解説を読みながらテレビでSpotifyペライア、そして深夜未明今朝は寝床タブレットSpotifyロスでパルティータ一気謹聴。

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パルティータ、イギリス組曲フランス組曲。以前から漫然謹聴しているのだが未だ脳内イメージ未定着。そこでロス11枚組を契機にまずはパルティータ消化中。
ところがアルマンドクーラントの区別もつかないので検索。


アルマンド(Allemande)は、もともと「ドイツの」という意味のフランス語で、ドイツが起源とはいうものの実際には17世紀フランスで成立したゆったりした4拍子系の曲で、しばしば16分音符1つないし3つのアウフタクトがつきます。
クーラントは、3拍子系のやや速い曲です。フランス系(クーラント:Courante)とイタリア系(コレンテ:Corrente)の2種類があり、フランス系は優雅さを備え3/2拍子と6/4拍子が交替することが多いです。コレンテは拍子の入れ替えはなくほとんどが3/4拍子でさらにテンポが速く走り回るような曲。どちらも8分音符1個のアウフタクトを持ちます。バッハは曲の性格により表題もフランス語とイタリア語を使い分けていました。
http://bachhaus.music.coocan.jp/musik/bach_suite01.html


そうか、四拍子と三拍子か←そのぐらい聴いてればわかるやろとトホホの朝である。
 

自然を描くマーラー

マーラー交響曲の中で最も好きなのは2番復活。その次は3番かなあと思っているのだが、先週のN響レジェンドはそのマラ3ノイマン。100分交響曲を86分で演奏したが速さを全く感じさせない悠然演奏。


この曲には特別な記憶からあってそれは小泉郵政解散開票日。開票速報を見始めたけど早々と小泉圧勝→アホらしくなって開票速報見るのを止めてN響アワーガリティーN響終楽章。これがよかった、その時の気分にぴったり→諦念されど性は美しい。以来、マラ3といえばこの夜の記憶が甦る。


それはともかくマラ3謹聴。ウィキを見ながら聴いた。


第一部
序奏 「牧神(パン)が目覚める」
第1楽章 「夏が行進してくる(バッカスの行進)」 
第二部
第2楽章 「野原の花々が私に語ること」
第3楽章 「森の動物たちが私に語ること」
第4楽章 「夜が私に語ること」
第5楽章 「天使たちが私に語ること」
第6楽章 「愛が私に語ること」
しかし、これらの標題は、後に誤解を受けるとして、マーラー自身の手により破棄されたため楽譜には書かれていない。
指揮者のブルーノ・ワルターは、1894年から1896年までハンブルク歌劇場でマーラーの助手をつとめていたが、1896年の夏マーラーに招かれてシュタインバッハを訪れた。ワルターの回想によれば、このとき、汽船で到着したワルターが険しく聳(そび)えるレンゲベルクの岩山に眼をとめて感嘆していると、迎えにきたマーラーが「もう眺めるに及ばないよ。あれらは全部曲にしてしまったから。」と冗談ぽく語ったという。休暇の終わりには、ワルターは新しい交響曲マーラーのピアノ演奏で聴いている。
昨日の日記で風景の音楽、葛藤の音楽、音自体の音楽と分類したが
http://doyoubi.hateblo.jp/entry/2019/07/01/061314
マーラー は死と生の葛藤の作曲家のみならず、自然描写の人でもあるわいと感じた。とりわけ第1楽章→「夏草や兵どもが夢の跡」芭蕉。その自然描写から第4楽章以降、心の中に分け入って終楽章は自分への挽歌、死の覚悟を表すようなティムパニー悠然連打があって曲は終わる。マラ2復活では「甦るために死ぬ」などという強弁で音楽は終わるが、3番にはそんな誤魔化しはない。死ぬ覚悟をせねばならない時はこの終楽章を聴こう。まだまだ何十年も先だろうが。
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マーラー が見たであろうシュタインバッハの風景。
https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=25651000552
自然は永遠の循環なれど人生は一回こっきり。そこが渡世人のつれえところよ、さくら。
 
 


 

風景→葛藤→音楽自体へ

昨夜晩酌は缶ビール1+日本酒お猪口1←わあい節酒合格21時頃就寝。ために深夜目覚めドイツオルガンミサ、メンデルスゾーンオルガンソナタ、クラシックカフェ/アルヴェーン交響曲2番とこなして締めくくりは古楽の楽しみ ▽バッハのフルート・ソナタ→バッハのフルートソナタ全6曲中自筆譜があるのはBWV1030、1032のみと知る。


聴きながら我がクラシックの歩みを振り返る。
①風景 耳で聞いて、目に見える風景を思い浮かべたり想像して音楽を楽しむ段階。「中央アジアの草原にて」等、標題音楽が主たる対象の段階。
②葛藤 目に見えない心の中を表現するのが音楽と思い知った段階。ショスタコ5番ベートーベン運命などなど。
⓷音自体 音楽の純粋経験→音楽自体を楽しむ段階。平均律クラヴィーア、フーガの技法等々バッハ。

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昨日の日曜美術館/岡田三郎助から「あやめの衣」ポーラ美術館
https://www.polamuseum.or.jp/collection/016-0045/
この絵、顔が見えないのがいいそうな。見えないからこそ色んな想像が働くけど、働き過ぎはカラダに悪い。純粋経験「色を見、音を聞く刹那」こそが至上の快楽かも。
https://sites.google.com/site/kyototekken2011/memo/xi-tian-ji-duo-langto-chun-cui-jing-yan

神戸聖愛教会、週明けドル円期待

昨日は寺西一巳小林道夫デュオ神戸聖愛教会

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https://kouen.snacle.jp/kouen/detail/8012
初めて行ったのだが椅子クッションがフカフカで気持ち良くそのせいにしたらアカンけど何回もウトウト勿体無い申し訳ない、でもソナタ4番はしっかり聴けた最前列で小林道夫の指の動きも観察できた。
終わって携帯電源オン→G20米中首脳会談結果検索。
米中が通商協議再開へ、ファーウェイ制裁一部緩和
予想通りだがファーウェイは意外、アメリカに何らかの譲歩理由が出来たか、週明けドル円期待。
 

BWV566とK-19、ご縁と運命

ロス11枚組もDISC4と佳境←ここからオルガン曲。そして今朝はホ長調BWV566トッカータとフーガ、この曲、既にPL作成済みであった。

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あの有名なBWV565を挟んで564と566。これでこの3曲、脳内イメージをしっかり形成出来た、ご縁であるわいな。
そして昨日、Amazonプライム・ビデオで観た映画「K-19
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K-19の紹介:2002年アメリカ,イギリス,ドイツ映画。冷戦時代の1961年にソ連原子力潜水艦K-19」が北海のグリーンランド付近で実際に起こした事故を映画化したドラマです。
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/eiga-watch.com/k-19-the-widowmaker/amp/%3Fusqp%3Dmq331AQNKAGYAc3M2ZbJ9OqSKQ%253D%253D
前に観たかなあという疑念がいつしか確信に変わっても最後まで鑑賞してもた。BWV566との出会いはちょっとしたご縁だったが、原潜乗組員にとって原子炉メルトダウン瀬戸際は運命的出会い。そうか、客観的に見れば神なんか存在しないが主観的には神=ご縁=運命なんだ。原子炉を修理するべく飛び込んだ乗組員は神に後押しされたのだ。そんなご縁に出会わず安穏に俺は終わりたい。

テレビでSpotify×解説書

深夜未明バッハ謹聴は寝床タブレット×イヤホン、必要な情報はスマホ検索なのだが、昨日の午後はテレビでSpotify

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テレビにAmazon FIREスティックを装着しているのでテレビがネットテレビに変身→Amazonプライム・ビデオやSpotifyなどネットアプリを楽しめるのだ。音は、これもテレビ装着SONYネックスピーカーで耳元で聴ける。昨日は解説書を読みながらテレビでバッハ謹聴。

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清水舞台から飛び降りて作曲家別名曲解説ライブラリー「バッハ」6254円正価購入。貧弱読譜力に適切な簡単譜例も載っているので音楽記銘強化に役立つ。また、作曲経緯についても情報あり。例えばBWV1017 。


ここには対話がある。神との対話であり、突然の悲劇に召された従妹であり12年連れ添った最初の亡き妻であるマリア・バルバラ・バッハ(Maria Barbara Bach 1684 - 1720)との、嘆きと悲しみの対話である。
https://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/61771999.html?__ysp=QldWIDEwMTcg44OQ44Or44OQ44Op


不在中に愛妻を失った悲しみの中で作曲したということも知らなんだ。解説書のおかげ。
ということでこの解説書、一生の座右の書になった。Spotifyと共に生涯の友とせむ。