天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

朝比奈ブルックナー入門

アンドリス・ネルソンスショスタコ絡みでリスペクトを抱いた指揮者。
http://doyoubi.hateblo.jp/entry/2017/11/03/062250
彼の指揮でブルックナーを聴きたいと思いついた。3番交響曲、オケはゲヴァントハウス。

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ひとことで言えば誠実な重力を感じる演奏だった。重厚長大退屈ブルックナーを雑念まみれ謹聴。ブルックナーを退屈しない方法発案したなあと思い出しながら。
http://doyoubi.hateblo.jp/entry/2017/10/17/053347

では、何故ブルックナーは退屈なのか。無意味に聞こえる繰り返しが多いとか、発展的構成がないとか変化に乏しいとかイチャモンは色々あるが、彼の音楽の発想がベートーベンやブラームスなどの交響曲王道と異なることがポイントだと思う。
つまり、王道は喜怒哀楽等の感情発露や闘争、葛藤の表現にあるのに対し、ブルックナーの音楽は世界観表明に重心があるからだ。我が「音楽は五蘊のドラマ」から要点をコピペする。

「色」とは感覚器官を備えた身体。
「受」は苦や楽などの感覚、あるいは感受。「想」は認識対象から姿形の像などを受ける表象作用。
「行」は能動的に意志する働きや衝動的欲求
「識」は認識、あるいは判断のこととされます。
http://doyoubi.hateblo.jp/entry/2017/10/31/052631

交響曲の王道は「受」「行」、ところがブルックナーは「想」→表象、神を音楽で表象しようとする。やや、なんと、「想」に重心がある点ではバッハと共通するではないか。

そこで「ブルックナー 神」検索して下の記事発見。

それからしばらくたって、私はラジオでこの同じ曲が流れてるのをふと耳にしました。それを聞いたときに、何て美しくて優しい曲なのだろうと思いました。同じ曲なのですが、演奏者が違っていたのです。私が当時聞いていたのは、名演と言われたベームカラヤンの指揮によるものでしたが、その時ラジオで耳にしたのは朝比奈隆という方の指揮によるものでした。それを聞いてから突如、私はブルックナーの魅力がわかるようになったのです。
https://ameblo.jp/sakanositanohibi/entry-10904879725.html

そうそう朝比奈があったとSpotify検索したけどブルックナー無し。それならばとAmazonプライムmusic検索したらあったあった交響曲全集が。

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これでAmazonプライム会費のモトのなにがしかは回収できる。朝比奈ブルックナーを雑念まみれ謹聴の所存。