天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

不道徳な一期一会

ロス11枚組からパルティータ4番ニ長調BWV828。ロス→鈴木雅明と聴いてやっぱりグールド。バッハ鍵盤曲に導いてくれたグールドが一番、バッハの壺を教えくれる。チェンバロの装飾的な響きよりもピアノ、ポリフォニーを透明に聴かせてくれるのだ。
ところがバッハをピアノで聴く際にいつも思い出すのはレオンハルトの言葉。「レオンハルト 不道徳 ピアノ」検索→コピペ。


---最近では再びモダン・ピアノによるバッハ演奏の試みが増加しているように思われますが。
L 私はきわめて否定的です。絶対にやるべきではない。バッハの意図をすべて無視する行為といってよいでしょう。歴史的チェンバロがなかった100年前なら許されるでしょうが、私は我慢できません。まったく不道徳です。
http://www.allegromusic.co.jp/LeonhardtInterview2007.html
不道徳とはまた手厳しい言葉だ。バッハがチェンバロの特性を生かしてせっかく作曲したのにという思いなのだろうが。
そこで聴き比べレミ・ジュニエ。グールド よりももっとピアニスチックな演奏。

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あ、可愛いなあ。グールドとジュニエとどちらがいいかなんて議論しても始まらない。富士山とアルプスを比べるようなもんだ。富士には富士の、アルプスにはアルプスの良さがある。第一、聴き比べる自分のその時の気分による事の方が大きい。だから全ては一期一会。不道徳な一期一会もあるではないか。