天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

無用の人

今朝の目覚めは平均律巻1グールド17発変イ長調、4曲ずつ聴くことにしているので次回は21番変ロ長調から。
平均律を聴きながら昨日をおさらいする。午前はジム、昼は王将→甲子園ヨーカ堂買い物ハッピーデー5%引き、120円おトクやった。ガソリン代とトントンかなあ、車の中できらクラ聴き終えたからよしとしよう。
帰宅して英雄たちの決断「参勤交代を緩和せよ」途中寝落ち、将棋佐藤天彦遠見の角の勝利。風呂、晩酌×渡鬼2018

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http://www.tbs.co.jp/oni/story/
今時、長男だ嫁だともめるのもどうかと思うが、俺は子無し少数派。世間多数派ではやはり問題なのだろう。また、主テーマ「居場所探し」も俺には縁が全く無い。無用の人は気楽なものだと安心させてくれた良いドラマである。
 

原罪とは煩悩=傲慢

オルガン小曲集イゾワール、今朝は「おお人よ、汝の大いなる罪を泣け」で立ち止まってコラールプレイリスト作成→マタイ第1部終曲、ヨハネ第2稿冒頭曲、ヴァルヒャ、イゾワール、マリークレールアラン、ピアノではアームストロング、トリスターノ。
さてブログ記事に貼る画像は何にしようかと考えて、先日大塚国際美術館で見たリュベンス「キリスト昇架」を思い出した←ルーベンスを最近はかく表記するみたい。

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キリストを十字架に架ける男の屈強筋肉が印象的、罪の重さを象徴している。そこで思い出したのはテレビで観た作曲家ペルトの言葉。ウィキから状況をコピペすると。


その後、神は自分の命令に背いたアダムと女に対して何を行ったのかを問いかけたが、アダムは神に創られた女が勧めたからとして神と女に責任転嫁をし、女は蛇に騙されたと責任転嫁をした(創世記3章9節 - 13節)。


神の命令に背いたのはイブもアダムも同罪だが、アダムはその上に「神に創られた女」のせいにして神に責任転嫁した、だからアダムの方が罪が重いとベルトは言う。


なるほどなあ、罪を犯してしまうことは往々にしてあるとしても、それを他人のせいにする人間の傲慢→自己中心性をユダヤキリスト教は原罪としているのだと多少は腑に落ちた。原罪とは煩悩=傲慢なり。

 

追記 昨日の羽鳥慎一モーニングショーで知った樹木希林の言葉。彼女は自分の中の原罪と闘っていたのかも。

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見せる指揮者井上道義

この三連休はライブ三連続。一昨日は冨田一樹宝塚ベガ、昨日は井上道義京都コンサートホール惑星+ショスタコ10番、そして今日は千里山バッハ豊中
京都コンサートホールはチケット2千円で6列目中央ラッキー、井上の指揮を目近観賞→あそこまで身振り手振りで指揮しないといけない理由があるんだろうなあ。ただ、ショスタコ10番は共産党への忠誠心しか聴こえてこなかった、11番の方が陰影があって名曲かも。また、惑星の方が音楽的音楽。

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などと思ってチラシを見ていたら今度はショスタコ10番大阪音大シンフォニーホール。
D.ショスタコーヴィチ:祝典序曲 op.96
S.プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 op.19
D.ショスタコーヴィチ交響曲 第10番 ホ短調 op.93
https://www.symphonyhall.jp/?post_type=schedule&p=14100
朝飯済ませたらチケット取る多分。

バッハ無言歌

大昔に「歌のない歌謡曲」なるラジオ番組があったけど、「歌のないバッハ」なるアルバムに出会った。長いからバッハ無言歌と呼ぼう。

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バッハ・ウィズアウト・ワーズ~コラール&コラール前奏曲編曲集
J.S.バッハのコラール、コラール前奏曲、宗教曲などをピアノに編曲した作品を収録。J.S.バッハの偉大な作品は、時代を超えて様々な編曲が多数存在します。バッハへの深い愛情や尊敬の念が詰まった現代音楽作曲家のクルターグによる四手連弾や、名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプによるアレンジは、原曲をさらに魅力的で刺激的に、聴き手に新鮮な感情を与えてくれます。(TOBU)
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%EF%BC%881685-1750%EF%BC%89_000000000002339/item_%E3%80%8E%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%80%9C%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%A8%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%89%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E3%81%AE%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E7%B7%A8%E6%9B%B2%E9%9B%86%E3%80%8F%E3%80%80%EF%BC%A1%EF%BC%8E%EF%BC%A3%EF%BC%8E%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3_6758907
オルガン小曲集イゾワールを聴きながらコラールプレイリストを作る過程で出会ったこのアルバム、よく出来ている。コラール=讃美歌、耳の財産を作る糧になる。創世記も最後の審判も信じないけど讃美歌は好き。混声合唱団Shinを思い出したり。

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http://shinsingers.web.fc2.com/
 

イーヴォ・ポゴレリチ

朝の新聞BGMは大抵、クラシック倶楽部。昨日はイーヴォ・ポゴレリチ

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ピアノ界の鬼才イーヴォ・ポゴレリチ、約30年ぶりとなる映像作品。奈良の古刹、正暦寺福寿院客殿で収録した貴重な記録である。苦難を乗り越えてきた音楽人生を語る。
http://www4.nhk.or.jp/c-club/


最初のハイドンの音にガーンと打たれて新聞から目を上げてテレビを見入ってしまった。音が多彩かつ透明なのだ。早速、Spotifyから彼のアルバム→イギリス組曲をダウンロード、ジムで謹聴しながらウォーキング。

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https://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F-%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E7%B5%84%E6%9B%B2%E7%AC%AC2%E7%95%AA-%E7%AC%AC3%E7%95%AA-%E3%83%9D%E3%82%B4%E3%83%AC%E3%83%AA%E3%83%81-%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A9/dp/B0036G4CN6


このポゴレリチ 


1980年のショパンコンクールで賛否を分けて、まさかの落選。
審査員で同コンクールの優勝者であるマルタ・アルゲリッチが激怒し
以降、審査員を降りたという伝説がある人。
https://www.misawa-sayaka.com/single-post/2016/12/15/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%92%E9%A8%92%E3%81%8C%E3%81%9B%E3%81%9F%E3%81%82%E3%81%AE%E4%BA%BA?_amp_


沢山録音があるようなのでぼちぼち聴いてみよう。このピアニストならショパンもリストその他も聴けそうだ。

オペラ「沈黙」松村禎三

遠藤周作「沈黙」読了。そこで「遠藤周作 沈黙 ユダ  去れ なすべきことをなせ」検索してこの小説の核心部分に出会った。


(踏むがいい。お前の足は今、痛いだろう。今日まで私の顔を踏んだ人間たちと同じように痛むだろう。だがその足の痛さだけでもう十分だ。私はお前たちのその痛さと苦しみをわかちあう。そのために私はいるのだから)
「主よ。あなたがいつも沈黙していられるのを恨んでいました」
「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのに」
「しかし、あなたはユダに去れとおっしゃった。去って、なすことをなせと言われた。ユダはどうなるのですか」
「私はそう言わなかった。今、お前に踏絵を踏むがいいといっているようにユダにもなすがいいと言ったのだ。お前の足が痛むようにユダの心も痛んだのだから」(P.294)と。
https://weltgeist.exblog.jp/amp/21539566/


神は沈黙していのではない。一緒に苦しんでいるのだ。一緒に苦しむ神、それが「沈黙」の神なのだ。


では、オペラ「沈黙」松村禎三では一緒に苦しむ神はどう表現されているか、という興味でオペラCD購入。

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https://www.amazon.co.jp/%E6%9D%BE%E6%9D%91%E7%A6%8E%E4%B8%89-%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%80%8C%E6%B2%88%E9%BB%99%E3%80%8D-%E6%96%B0%E6%98%9F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%A5%BD%E5%9B%A3/dp/B00004LMUV
大塚国際美術館ツアーの間に届いていたので昨日開封。第1幕を観賞→CDでオペラはやっぱりなあ、映像を見たい、日本語オペラだけどやっぱり聞き取りにくいと不満を覚えつつ第2幕に期待。


ところで、イエスが逮捕される前夜、血の汗を流した「ゲッセマネ の園に」松村禎三Spotifyで今朝三回聴いた。

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https://www.amazon.co.jp/%E6%9D%BE%E6%9D%91%E7%A6%8E%E4%B8%89-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC1%E7%95%AA-%E7%AC%AC2%E7%95%AA-%E3%82%B2%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%81%AB/dp/B004AUUC5O


エスの血の汗の理由も沈黙する神にあったのではないか。それが証拠にイエスは十字架上で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ
http://eastwindow18.hatenadiary.com/entry/2014/01/23/233619
と叫んだではないか。


音楽は妄想のネタ。神の存在を疑ったイエスは死してキリストになり三位一体にまで持ち上げられ、遂には最後の審判→裁く神にまで持ち上げられた。

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ネット検索ついでに吉松隆の面白い記事発見したのでコピペしておく。松村禎三にオペラの構想を変えさせたものは何か、また妄想ネタが出来た。


その時代、丸13年をかけて完成したという唯一のオペラ(遠藤周作原作による「沈黙」)も、最初の構想では確か水上勉の「飢餓海峡」のはずだった。私がお宅に出入りしていた頃、青函連絡船の遭難のシーンとか、殺人のシーンとか、主人公が見る地獄のシーンとかの舞台の構想を何度か聞いたことがある。日本的な「業(ごう)」にまみれた戦後のあの時代を象徴する社会派ドラマ(同時に犯罪ドラマでもある)は、松村さんの音楽に良く合うと思った。
 しかし、出来上がったのは、キリシタン禁制の時代の日本を舞台にした「神の不在」を問うオペラだったので、ちょっと驚いた。若い頃はひたすら「非ヨーロッパ的」で「アジア的」なるものを標榜してきた松村さんにとって、晩年における「キリスト教的なもの」への接近は、私にとってかなり「意外な」ものであり、この作品はいまだに理解の範疇にない。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/190085/166801/20755391
 

また行くね、大塚国際美術館

昨日の大塚国際美術館行きはチャールストン・ヘストン×レックス・ハリスン「華麗なる激情」を観て思いついた事なのだが、ボランティアガイドさんの説明で、システィーナ礼拝堂ミケランジェロは天井画=創世記と祭壇画=最後の審判に分別理解かつ祭壇画は天井画の二十数年後の画業だったと分かったのが収穫。何を思いつつ祭壇画に取り組んでいたのか、ミケランジェロをもう少し勉強したくなった。
もう一つの収穫は近現代画ガイドツアーがあることを知ったこと。


絵の具の質感を全く感じられない陶板画レプリカなれど絵を原寸大で見られるのはネットでは味わえない快感。また行くね、ミケランジェロ、レオナルド、フェルメールピカソさん。

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