天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

プロの暇人であることは

昨日、戯れ歌一首を得た。

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将棋NHK杯を観戦していて得た歌。


数年前の藤井聡太ブームに煽られてNHK将棋を毎週録画観戦を始めたのだが、これがなんといまだに継続出来てるのが嬉しい。実際に指す能力も意欲も全く無く、観る将に徹する所存。
そしてまたこの歌は決意表明でもある。

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テレビ番組「神の数式」を見て購入決断した本。昨日、梱包を解いていまだページをめくっていないけどこの本で量子力学の高い門を潜り抜ける決意だけは持っている。


ここでいう対称性とは回転対称性、並進対称性、ローレンツ対称性などの事だが、平たく言うとどこでもいつでもどの視点からでも成り立つ対称性ということだ。つまりディラックは電子を数式にモデル化するに際してどこでもいつでも運動している誰からでも成り立つ対称性をモデルのルールとして採用したのだ。


そして音楽。アイザック・スターンがええことを言うとる。


そうなんだよな、生き方と職業とは別。それ故に、音楽は人生観や世界観をヒントに生まれることはあっても成果としての音楽は思想や人格とは独立して味わい評価すべきもの。
この歳になってようやくこんなことを思うようになった。ショスタコーヴィチ社会主義リアリズム作曲家、だから彼の交響曲5番は素晴らしいと高校時代は思っていたなんて夢みたい。
そこで俺も言おう。プロの暇人は生き方ではない、職業だ。さあ、音楽と将棋と物理学を楽しもう。


 

ショスタコ弦四 13番の壁

少し以前からショスタコ弦四全曲聴破プロジェクトを続けていたが京響レニングラード からみで暫く中断→今朝から再開、11番から終曲15番へと。
ところが13番で壁にぶつかってしもた、なんやあこの虚無は。


そこで参考記事検索。


先に「同じ作曲家の違った側面」と書いたが、第5回の演奏会で感じたのは、もはやショスタコが「叫ばない」ということだった。第13番変ロ短調(作品138)では、大仰に構えて声高に主張するということがない。ジャズを模した軽快なリズムで少しだけハッスルしてみるものの、根は暗い。暗さは曲の終わりまで連なっているが、最後にヴィオラのソロが出てくる。時折、第2ヴァイオリンがコル・レーニョ奏法で小さく「コツン」と叩く音がする以外は、長い間ヴィオラの小野氏の音しか響かない。いつのまにかヴィオラは高みを目指して進んでいる。指板の押さえられるポジションがもはやない、というほどの高音を小野氏の左指は押している。音程がやや不安定にすらなる。真ん中の「ド」から約3オクターブ近く離れた高い「シ♭」を、小野氏は一生懸命に弾いているのだ。息も絶えだえに、必死で弾いている。あまりに高い音だったから、後から同じ音の列に加わったヴァイオリンとの音程のほんの少し差が、逆に音楽の切実さを刻んでいるように思えて、ただただ切なくなった。


よし、この記事を参考にした上で明日再挑戦13番。人生は短い日々是好日←最近コレばっかりやねん。

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ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集
フィッツウィリアム四重奏団(CD6枚組)


1975~77年ステレオ録音。作曲者と直接交流のあった英国のグループによる有名なセット。ショスタコーヴィチ自身も高く評価したという彼等の演奏は切れ味鋭いものでしたが、表現の幅もきわめて広く、そこには作品への深い共感が常に示されていて実にホットであり、アナログ完成期の名録音と相まって、これら15曲が形成するシリアスかつ広大な世界を描き尽くしています。


 

人間が人間であるために レニングラード

2日続けての京響レニングラード、2日目は二階バルコニー席。

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P席と違ってここからは木管奏者の動きが見える←ホントはも少し平土間寄りだと指揮者も木管奏者共によく見えるのだが。
実は当日券、10時から買えると思い込んでチケット窓口に到着したのだがなんと開場時刻1330から売り出しであった。そこで時間待ち→隣の府立植物園の冬桜や梅を楽しんでここには書けない恥ずかしい早い時刻から窓口行列一番乗り。

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発売間近になると座席注文取りをしてくれたのも発見やった。

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さて、演奏。
バーンスタイン「ハリル」は一昨夜ほどの新鮮な衝撃は無かった←打楽器からの距離が幾分離れたことが主因やろ。
そしてレニングラード。P席背後オルガンのバンダ活躍を第一楽章から見られたり、木管奏者動きを観察出来たりしたので、第一楽章をより充実して聴けた。人間の主題と戦争の主題の対比、戦争の主題に最初は浮かれた気分になる愚かさなど第一楽章だけで独立した交響詩になるなと感じ入った。
第三楽章鎮魂コラール←勝手に名付けているが。そして終楽章。


そして、切れ目なくはじまる第4楽章では、
金管楽器のバンダとともに、
大編成のオーケストラが全身全霊を込めて奏でる
ホールを揺るがすかのような大迫力サウンド
勝利のフィナーレが大炸裂~~!!

単純に勝利のフィナーレとは言えないもっと複雑なものを終楽章には感じる。戦争に浮き立つ人間の愚かさやショスタコーヴィチ諧謔も踏まえて最後には人間の主題に立ち戻る、人間が人間であるための問題提起交響曲。彼の5番交響曲→コン畜生スターリンめとA音連打とは次元の異なるものを聴いて終演。


一昨日と同様にホール出口で京響楽員方々が見送ってくれたので「2日続けて聴きました」Vサインしてホールを後にした。


これからはお気に入り曲公演は2日連続チケット予約しような、人生は短い日々是好日。

 


 

響けレニングラード 、香港に

昨日も京響P席1列22番、ティムパニーが目の前や。

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出演者
ジョン・アクセルロッド(指揮)
アンドレアス・ブラウ(フルート)
曲目等
ベートーヴェン:「アテネの廃墟」op.113から序曲
バーンスタイン:「ハリル」独奏フルートと弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン
ショスタコーヴィチ交響曲第7番ハ長調レニングラード」op.60
際立ったの第一楽章スネアドラムの位置とバンダの活躍。


バンダの位置はステージ奥、オルガン 隣なのでP席では前面とオケ、背後のバンダの音の挟み撃ちという快楽。


どうしても写真を日記ブログにしや残したくて上の京響ブログから拝借した。

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そして演奏。ハリルは予習の甲斐あって曲の構成大略理解していたので終曲後じんわりと来た。
そしてレニングラード 。昨日のP席体験でこの曲に対する印象一変←ライブは2回目かな。初体験はすみトリでアマオケ
とりわけ第3楽章、鎮魂コラールに聴こえた。ショスタコーヴィチにはレニングラード 市民への思い、戦意高揚音楽を強制するスターリン政権、個人的経験思いなど様々あるだろうがそれらを包括しての鎮魂コラール。この曲、香港で北京に向けて演奏したれ。


帰宅して相撲観戦は後回し、パーヴォN響をつまみ食い→ライブを反芻、N響京響楽員イメージをかぶらせつつスネアドラムは通常の位置、バンダは多分いなかったことを確認。
今日も京都遠征しようかとネットでチケット探索→残念、窓口でしか買えないみたいと昨夜は諦めたが、この日記を書いていたら遠征しなければ、人生は短い日々是好日、午前中窓口なら買えるやろ。


 

シューマン 歌曲の年1840年

リーダークライス全曲予習2日目→今朝はop 24の9曲、op 39の12曲を通してシュライアー×シフで聴いた。そこで感想だが、歌詞大意、対訳で参考にした記事からコピペさせて貰う。


上に少しずつ書き添えた要約から、おわかりいただけるように、Liederkreis, Op. 24 の内容は、一貫した物語性をもっていないようです。 失恋・悲恋経験を表現した初期のハイネの詩という以外の共通点はありません。 

「古城の上で」Op.39-7
ライン川の岸の山上にはたくさんの城がありますが、その多くが廃墟です。この詩は、年老いた騎士が何百年も川を見下ろして座っているという不思議な話。音楽も、時間が流れを止めて凍ってしまったかのような独特の雰囲気をもっています。


端的に言うとop 24は失恋の歌、op 39は失恋だけではなくもっと広く深く人生の歌となる。質的に違うのだ。そして失恋したことのない俺は単なる失恋の歌op 24より人生観の歌op 39の方がより芸術的だ、この2つの間にはシューマンの年輪の成熟があるのではないかと思ってしまうのだ。ところがWikipediaを見ると


シューマン1839年の時点では「声楽曲は器楽曲より程度が低い。―私は声楽曲を偉大な芸術とは認めがたい」と述べており、現に作品23の『4つの夜曲』までほとんどピアノ曲ばかり作曲していた。しかし、1840年にクララとの結婚が近づくと、一転して続々と歌曲を手がけるようになる[89]。1840年3月から7月までの間に、シューマン音楽史に残る5つの優れた歌曲集を作曲した。二つの『リーダークライス』(作品24および作品39)、『ミルテの花』(作品25)、『女の愛と生涯』(作品42)、そして『詩人の恋』(作品48)である[89]。 これらを含め、この年に120曲以上の歌曲、重唱曲が作曲されている[注釈 18]。これはシューマンが生涯に残した歌曲の大半を超えるものであり、1840年は「歌曲の年」と呼ばれる


ふーん、面白いなあ。シューマンって人はいったいどんな人だったのだろうか、Amazonプライム・ビデオで

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を見た事があるけど、歌曲の年には触れてなかったろうなあ。


それはともかく失恋経験が無いということは今にして思えばいささか淋しいものがある。寅のこんな言葉で想うしかないのだから。


失恋はないけど初恋はある。彼女とはひとことも口をきかずに過ぎてしまった。春の高校同窓会に来てくれんかなあ。
 

ロマン=非日常世界への憧れ

今月の阪大ワンコインは100回記念。


2012年5月に第1回を始めたワンコイン市民コンサートは今回で第100回を迎えます。大阪大学会館ホールのピアノ・ベーゼンドルファーストフリューゲルは1920年製作され今年で100歳になります。この機会にとってもスペシャルなコンサートです。ワンコイン市民コンサートで語り草になっている2年前の峯島望美さんのリサイタル。ピアノの武久源造さんと一緒に100回記念公演ではドイツリート、フランス歌曲をたっぷりお届けします。どうぞお越しください。


語り草になっているというのは武久源造×峯島望美のシューマン「女の愛と生涯」。この演奏会はよく覚えている。お陰でそれまで馴染みのなかったこの曲に親しめた。
そして今回のプログラムは


R. シューマン:  リーダークライス全曲
*
G. フォーレ: ある僧院の廃墟にて
    水のほとりで
     ゆりかご
      月の光
C. ドビュッシー: 求愛雅宴 第一集 全曲
M. ラヴェル: 5つのギリシャ民謡 全曲
武久源造:万葉歌曲
なかなかに
ひむがしの
こひこひて
にぎたづに
いろはにほへと


リーダークライスも馴染みがないなあ。FMでたまたま聞き流したことはあるだろうが、今回はこれを機会に対訳咀嚼しながらきちんと聴こう。

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シューマン:≪リーダークライス≫≪女の愛と生涯≫/ベルク:初期の7つの歌
2015年5月2日と5日、ロンドンのウィグモアホールでのライブ・アルバム。
初めて聴いたがドロテア・レシュマンと言うソプラノ歌手がまず良い。
良い声してると思います。
そして内田光子のピアノは単なる歌伴奏ではなく、ソプラノとまるでデュエットしているかのように聴こえる。
でもあくまで控えめに、歌を盛り上げます。


初めて謹聴。異郷がキーワードだなあ、これぞドイツロマン派リートと感じ入ったが、リーダークライスってop 24とop 39と2つあるではないか←知らなんだ。上にコピペした曲目には作品番号が無いが有名なop 39の方やろと決めつけかけて→待てよ、わざわざ「全曲」としてあるのは2つとも演奏するのではないか。そこで

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シュライヤーが2002年にシューマンの歌曲を歌った録音。2つのリーダークライスに詩人の恋と、いずれもシュライヤーが得意とし、長年歌って絶賛されてきたレパートリー。

からop 24謹聴。こちらはop 39よりは薄味だけどそれはそれで愉しめる。ドイツリートの深い森へ恐る恐る足を踏み入れるべく明日はシュライヤー×シフでop 24・39を通して聴こう。少々草臥れるけど。
ところで


プログラムノートから武久源造の言葉。以前からロマンチックって日本語になんと訳すのやろかと疑問に思っていたのだがお陰で氷解。ロマンとは別世界非日常世界への憧れとすればよいのだ。ロマンチックラブなんてしたことないけど。


 

バーンスタイン「ハリル」

このところ毎日予習しているバーンスタイン「ハリル」。

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初演は1981年5月27日、テル・アヴィヴにおいてJ. P. ランパルのフルート、作曲者自身の指揮でのイスラエル・フィルによる。全曲を通じてのモティーフは序奏である冒頭部に示された音列に基づき、大きく分けて四つの部分からなる。変ニ長調による第1提示部、リズミックな第2提示部、打楽器を伴った長大なカデンツァ、そして(ここまで影のように寄り添っていた)アルトフルート、ピッコロを含むオーケストラのみによって奏されるコーダ。前述のように、全音階的なソロ・フルートの2音によって曲は閉じる。


1973年イスラエル戦争で戦死したイスラエルのフルート奏者を悼んでバーンスタインが作曲したとのこと。毎日聴いてるが未だに魅力を感じず、しかしこんな機会でもなくては毎日聴かないかったろうし、これもご縁と大抵の曲は見つけられるSpotify月額980円に感謝。あ、Spotifyの宣伝になってもたがな。


プレミアムプランはSpotifyを利用する上で一番ベーシックな料金プランとなります。金額は月額980円で、全てのコンテンツを利用する事ができます。