天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

PCのリフレッシュからの帰還

昨日、パソコンを弄っていたらフリーズ→電源切断&再起動を期待したが再起動もフリーズ。これを何度も繰り返してようやくPCのリフレッシュでなんとか立ち上がった。

「PCのリフレッシュ」を行うと、画像や音楽ファイルなどの個人用ファイルや、ネットワーク設定やシステムの設定の一部などは保持された状態でWindowsが再インストールされます。
http://121ware.com/qasearch/1007/app/servlet/relatedqa?QID=015772

今朝は起床後からパソコン→Chromeのインストールをしたが検索不可。原因不明→ともかく再起動→更新プログラム50個→1時間以上かかってるな、朝飯、新聞終了。もうすぐ終わりそう。

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人生何事も辛抱。昨夜はパソコンお釈迦かと思ったぜ。

 

8:50 ようやくプログラム更新再起動終了
8:54 Chromeでらじる検索→成功。らじるも聞けた^_^
9:06 ヤフーメールNHK番組表をお気に入り登録、ココログにログイン不可←後日後刻とする。
9:08 ラジクールインストール着手
9:20 設定終了→録音テスト開始→録音確認
スリーブにならない←ペンディング
9:36 どがらじインストール、設定、録音確認、録音予約
10:16 ラジクールの録音終了時にスリーブにならないが→スリーブマシンとしてラジクールを使えない。とりあえずラジクールの録音予約。
10:27 MP3tagインストール
これでFM録音マシンとしては復元出来た^ - ^←ペンディングはスリーブしないこと

どがらじ→ラジオ録音ソフト

我が聴楽音源は2種類。

1.Spotify月額950円→未明早朝用

バッハ、モーツァルト深掘り、ライブ予習

2.NHKーFMラジオ録音

古楽の楽しみ、クラシックカフェなど←金曜のオペラファンタティスカ以外のクラシックは全て録音。きらクラ、ジャズ、歌謡曲など車載BGMも録音。

ラジオ録音ソフトはラジクールをずっと愛用していたが、今月上旬になって不調→最新版インストールでなんとか復旧。されどコマ切れ録音などまたもや不調。

そこで、どがらじなる録音ソフトがあることを知り早速一昨日導入。

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https://dogaradi.123net.jp/

 使ってみて今のところは不備、問題なし。

暫くはラジクールと併用しするつもりでいたが、昨日、下記記事発見。どがらじは

 

録音終了時にスリープモードに移行する機能はありません。パソコンの電源が付いたままが気になる方は、電源管理ソフトなど併用するといいかと思います。

https://coronblog.net/2017/07/12/200022.html#i-8

ええっ!そうなの!と吃驚。節電ソフトとしてずっとラジクール併用せなあかんやんか。早よスリーブ機能付けてくれえ。

固有×下品→普遍×上品

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今朝はバッハ→モーツァルト基本パターン聴楽。バッハ=ポリフォニーの後、モーツァルトで複雑化した脳をほぐそうというパターン。
モーツァルトVnソナタ40番変ロ長調KV454を聴いてて思った。バッハと違いモーツァルトにはふっと影や光がさしたりする。バッハのゴリゴリ形式美ではなく人間的形式美とも言えようか。

これはつまり、モーツァルトの形式美に込められた感情表現は喜怒哀楽を直接具体的なものではなく、もっと抽象度を上げた感情表現と理解するべきということ。そしてバッハは更に抽象的な感情表現→形式美ではなかろうか。逆に言うとバッハ→モーツァルト→ロマン派(元祖ベートーベン)と時代をくだる程に形式美=感情表現が直接具体的になったということだ。

音楽=ヒロイズム+ロマンチシズム+形式美+祝祭性+ドラマ性
ヒロイズムにもロマンチシズムにも飽きて俺はバッハに辿り着いた。そしてバッハから振り返るとそこにモーツァルト。両者ともに抽象的感情表現→形式美音楽。一言で言えば下品から上品に音楽志向が変わったことになる。

わかりやすいから下品上品なる言葉を使っているだけで、決してベートーベンが嫌いになった訳ではない。彼の後期弦四は人類最高の音楽だ、下品上品は感情表現が直接的か具体的かの程度を示す言葉にすぎない。

人は固有→具体的な家族、環境の下で生まれる。そして嫌なことがあったらぎゃあぎゃあと泣き叫ぶことしか赤子はまだ知らない。感情表現が直接的なのだ。
そして人は成長し、普遍性←例えば真善美を知る。感情表現も直接的なものから示唆的抽象的な方が効果的な場合があることを経験する。

つまり、人間の成長の道筋は固有×下品→普遍×上品ということだ。普遍×上品の果てが祈り、ああ、俺は上品に死ねるだろうか、バッハ様。

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映画「ショコラ」信仰と快楽

今朝の目覚めは遅かったのでいつもの聴く 楽パターン=バッハ→モーツァルトを踏めず、タブレットで開いた画面がAmazonプライムビデオ。
鑑賞途中の映画「ショコラ」をしっかり画面先頭に出してくれた。そこで再生ボタンを押すと音と画面がちぐはぐ。やっぱり長いこと放ったらかしているとシステムもきちんと機能せんのかとテキトーなところから再生、20分程観たらこれが面白い。ああ、この映画は信仰と快楽の対立を描いてるのだとテーマを捉えることが出来た。

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古い慣習はイイ部分もあるけれど余りに凝り固まってしまうと風通しが悪くなり、息をするのもシンドイ因習に変わってしまいます。この映画の舞台になったフランスの小さな村を仕切る男がこのカチンカチンの慣習を尊重するタイプで、村に余計な波風を立たせないよう村の住人にキリスト教信仰の道を説いて聞かせる村の指導者がレノ伯爵。伯爵というのがイマイチ胡散臭い肩書きだけれど、何となく偉そうな伯爵の言う言葉を村の人たちは素直に信じています。でもハッキリ言って堅苦しいだけで、楽しもうとする部分が欠落しているのがレノ伯爵。奥さんもイタリアに行ったきり音沙汰もなく、実際の彼は侘しい孤独の身。
http://reason1.jugem.jp/?eid=904

実はこの映画、以前にも観た記憶うっすらあるのだが、今度は信仰と快楽の対立という視点から鑑賞しよう。後ほど大画面テレビで続きを観る。何事もご縁ではある。

歩こう会→岸和田だんじり試験曳き

月一で連れて行って貰っている歩こう会の今月は昨日→岸和田だんじり見物。といっても本祭ではなくて試験曳き。見物客は比較的少なく見やすく本祭の雰囲気を味わえた。

動画を撮影したのでそのリンクを貼っておく。

https://www.amazon.co.jp/clouddrive/share/7ldyQrsr14QKcjOVo0H5qlnDqPX37M5Z6h1snBgolK6

音に臨場感あり→好き思い出となった。f:id:doyoubi92724169:20170916070821j:image

 

シメオン老人→BWV82

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今朝のカンタータBCJ巻41から第82番『私は、満ち足りた』BWV82(ソプラノ稿)。ネット検索してこの曲は

エスが誕生して一月ちょっとしか経っていないこの日、両親は赤ん坊のイエスを連れてお宮参りに行きます。そなこで一家は、シメオン老人に出会うのですが、老人はイエスに出会うや、この子こそ待ち望んでいた救世主と悟り、幼子をその手にかき抱いて、「これで満足した、もう思い残すことなく世を去ることができる」と語りました。
このカンタータ82番は、このルカ福音書の物語に基づいて、苦難の多い「この世」から、キリストの救いによって永遠の安らぎである甘美な「死」の世界に旅立つ心情を歌っています。この曲は、カンタータ56番と並んで、バス独唱用のもっとも重要な作品です。
http://www.ebach.gr.jp/kaisetsu/bwv82.htm

というものだと知ったが、今朝の演奏はソプラノ独唱。美しいが、老いた男の嘆きと救世主にようやく出会えた満ち足りの歌なのだから男の声で聴きたいと、名演奏ディスカウ×リヒターがあると知ってSpotify捜査→見つけたよロマンチックバッハ、こちらの方がいい痺れたのでもう一度BCJソプラノ独唱。都合結局、三回聴いた。

でもよーく考えると、シメオンの名前を知っていたのは何故だろう→カンタータBCJ勉強記録をとっているエバーノートを「シメオン」で検索したら、BCJ巻38でバス独唱版を既に聴いていたと判明。ああ、俺はイエスに何度も出会っているのに気づかないのだ。

でもお陰でBWV82を脳に刻み込むことが出来た。凡人は救世主に出会っても気づかない、だからこそ長生きすると信じておこう。

クラシック開眼から去年まで

去年の今日にフェイスブックに投稿した記事→momentoが思い出させてくれたのでこちらにも出品。

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クラシック第1撃は高2、ショスタコーヴィチ5番これで開眼→大学に入ったら梅新名曲喫茶日響に入り浸り、ベートーベン後期弦四に触れた。社会人になって秋葉原でステレオコンポ購入→元住吉四畳半まで手運び/見知らぬ人が手伝ってくれたのが良き思い出。

音源はレコード購入とFMエアチェック、しかし平日は仕事と酒で聴く暇無し。FM録音テープを休日車でエアチェックしていた→三重転勤時代はよく走ったよ。BS録画は東京に帰って来てから→音楽を観る楽しみそしてオペラ。

らじるが始まってからは殆ど録音→ウォークマン。しかしロマン派に少々飽きて古楽、FM「古楽の楽しみ」をちゃんと聴くようになったのはここ一年かなあ。グールドの面白さはもっと前から知っていたと思う。

そして先月からのアップルM、これでバッハを聴き倒すのが我がライフワークと決意出来た。ヒロイズムもロマンももう不要、残り見えつつある人生を音楽の普遍を見極めたい。エロスより出でてエロスに環り来む意味を求めてめくりし後に→エロスの究極は普遍=死。

でも死ねないなあ、あと20年は生きたいよお。