天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

第2作「和子の告白」完成

なんとか幸せ掴んだかなあ

高校以来の無二の親友、幸代の作戦に乗せられて成功^_^
あの同学年会の夜、酔い潰れた龍彦を膝枕に乗せて、そのあと、行くところまで行ってしもたわ。もうこんな歳やからお互い、満足するデキではなかったけど欲を言えばキリがない。なにより大切なのは心の平安と幸せ。今は龍彦の住んでいたUR賃貸で穏やかな二人暮らし。

そもそもの始まりはウチの勤めがそろそろ限界に差しかかってきたこと。28で離婚してそれからずっと保険のおばちゃん、65の定年の後は嘱託で雇用継続してもろたけど契約がだんだん取れなくなってきた。認知症もあるかなあ。
そんなことを幸代の店で話していたら、あの龍彦が東京から関西に戻ってきたっていうのよ。

龍彦がウチのことを好いとるんは知っとったんよ。そんなん雰囲気でまるわかり。アクションして来るかなあと密かに期待してたけどなあんにも無し、あの意気地なし。高校卒業で無限遠距離に離れてしもた残念。

その意気地なし龍彦が近くに戻ってきて、しかも奥さんを癌で三年前に亡くして一人暮らしとはカモネギよと幸代が囁くのよ。保険の会社にも客にも幸代の店に来るオトコもロクなのはいないからモノにしょとウチも思た。
そこからはその道のプロ幸代の作戦。放ったらかしにしていた同窓会名簿にメアドだけ載せて待っていたらしめしめ、龍彦から54年ぶり突然メール。簡単な返事だけして後は神の沈黙作戦。焦らせば焦らせるほど燃えるってホントやね。

同学年会の夜にご褒美をあげたら後はトントン拍子。ウチは優位性を保ったまま同棲生活。

ホントを言えばあたしは他人が嫌い自分大好き自己愛一番。蓄えも少々あるから、ずっとお一人様でもええと考えてた。そこへ親譲りアルツハイマー発症、お一人様が不安になったのもあるし、優しいオトコが生活上も欲しくなったな正直。ご縁やったね龍彦。
でも作戦のことは龍彦には絶対に明かさへん。財布は一つ心は二つ、お互いに相手をリスペクトして適切な距離を保つ、それがシアワセの秘訣。

高校を卒業してウチは銀行に就職した。短大や大学など進学の道もあったんやけど、勉強はあんまり好きやなかったし、町の自転車屋を営んで懸命に働いているお父ちゃんの背中を見ていたので根っからの他人嫌い、チャラチャラした女子大生にはなりたくなかった。

青春の輝き、そして暗転

よかったなあ、和子。ええとこに就職でけた。あとは次の幸せや。

お父ちゃんは涙を滲ませて喜んでくれた。ええ職場で素敵な伴侶を見つける、それがウチの計算でもあった。オンナの幸せは結婚と安定した暮らし。ウチは懸命に働きながらアンテナを磨くのも忘れなかった。

 

俊男さん、あれは有望株やで。いずれ支店長は間違いなし役員まで行くかもよ。

 

女子行員たちの話題はもっぱら品定め。上司の叱責に耐えつつ黙々と成績を積んでいる俊男はカッコよかった。ウチより五つ歳上、いつしかこっそりデートをするようになって昼は仕事、夜と休日は俊男。ウチの青春やった。

25でめでたく成長株を掴まえて人も羨む寿退行。ところが結婚生活は予想外。俊男がマザコン、姑との同居はまだ耐えられたけど、問題は俊男本人の暴君ぶり。なにかというとウチを責める。夕食のおかずが気に入らないとか掃除が行き届いてないとか難癖をつける。欠点探しがあの銀行の行風やったんやなあ、そのストレスを嫁に発散して来る。ワイはきちんと仕事しとる、そやのになんやお前は、専業主婦の穀潰しやないか。

 

最後は子どもができないことまでウチの所為にされた。病院に行こというても聞く耳持たなかった。姑も口を出してきてでけへんのは畑がわるい、三年して子なきは去れとなってもた。

出戻りが実家に戻るのは世間体がわるい、お父ちゃんは帰って来いと言うてくれたけどウチはアパートで一人暮らしを始めた。都銀七年勤務のキャリアも生かせたなあ、人脈をたどっての生保セールス。いやらしい客もおったけど上手にかわす術も覚えた。
土日関係なく働いて、楽しみは音楽と読書とたまの旅行。人生は世間と魂の二元軸。暗転した結婚生活三年はあったけど七十二までウチは青春やった。時々さみしくなったら龍彦を思い出したりしたけど。

f:id:doyoubi92724169:20200705060304j:image

にもかかわらず笑え

明日ほんまに婚姻届を出しに行くの、ええん?
ええんや、俺がこうなったからこそ行く。半年のお試し期間はまだ過ぎてないけどもうお試しは終わりや。ちゃんと形にしときたいんよ。お前もそれでええやろ?

同棲を始めて三ヶ月。龍彦と一緒に健康診断を受けたら龍彦の便から血液反応、すぐに内視鏡検査、大腸癌やった。ウチの認知症防衛のための二人暮らしやったのにまさかこんなことが。

婚姻届を出して数日後に龍彦は入院。癌は内視鏡で摘除したけど転移してるようや。治療の苦痛の中で龍彦はエネルギッシユやった。電話で信託銀行と連絡を重ね、公証人役場へ行くときは病院の外出許可をもらって遺言信託完了。

妹には前の嫁さんの不動産が最終的には行くようにしよ。俺かお前のどちらかが死んだら遺産は残った方が丸取り、二人とも死んだら金融資産は全部寄付、不動産を妹またはその法定相続人へ。これで安心してお互い死ねるな。信託実行手数料を銀行にがっぽり取られるのが癪のタネやけどな。

ウチの親兄弟はみんな死んでもたからウチには残す先がない。認知症が進んでいたら相続手続きもしんどいやろからウチも遺言信託に納得、そんなことよりきちんと考えて苦痛の中、エネルギッシュな龍彦が驚異やった。この人を連れ合いにでけて幸せやった。嬉しかったのはその尽きないユーモア、彼は一日に三回はウチを笑わせてくれた。


龍彦の日記

大腸癌/ステージ4の告知を受けたときは目の前真っ暗。なんで俺が死ななあかんねん、せっかく初恋の女と幸せな二人暮らしを始めたばっかりやのに、神も仏もあるものか、もとから信じてもいないけど。

でも恨んだり呪ったりしても始まらへん。やるべきことをやらなくちゃと婚姻届を出して遺言信託、これで形はでけた、あとは和子と楽しく暮らしを全うせなあかん、最後の日まで。

それでも納得いかんなぁ。納得して死ぬ理由を見つけたい、昔から書き続けていたブログやツィッターを読み返したらこんなの見つけた。


運命に振り回されない、運命とは必然性のことや、自由意志や偶然があると思うから文句を言いたくなる、こうして癌で死ぬのは必然やったんや、運命=神は俺らをみな公平に扱うてくれとる、俺だけが特別に扱われとるんとちゃうんや、不幸に思うのは自分の所為、必然に気づけなかったお前がわるい。

龍彦の日記を何度も読み返しながらウチはあいつの笑顔を思い出した。二人暮らしは二年足らずで終わってもた。あれから三年、もうすぐ喜寿認知症は徐々に進んでるけど身の回りの始末はなんとかでけとる。
ウチが先に死んでたら、あの口先だけの不精者はさぞかし困ったやろ。そやからこれでええねん。全ては必然。今から思うと出会った人はみな菩薩や。嫌な上司も暴君俊男も姑もスケベな客ももちろん龍彦も菩薩さま。運命=必然に気づかせてくれる観音菩薩や。さあ、晩ご飯、用意しよか。

f:id:doyoubi92724169:20200705055914j:image