天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

処女作「54年目の初恋」

突然のメールでびっくりさせてごめんなさい。覚えてますか、龍彦です。小学中学高校と同級、同学年だったあの龍彦です。

同窓会名簿にメアドを見つけて早速メールしました。何年ぶりかなあ、そうや、54年ぶりや。そやけどまだ昨日のことのように覚えてるよ、小学5年6年と同じクラスの時以来、ひとことも話したことはなかったけど。

就職してからずっと東京やったけど、5年前から豊中で暮らしています。子どもがいないので骨を拾ってくれるのは年の離れた妹だけ。そんなこともあって関西に戻ってきたんや、ダメ虎のゲームもテレビ観戦できるし、機嫌よう暮してます。
年に一度の高校の同学年会にも毎年、出席してます。いつか逢えるかなあなどと妄想してるんやけど。

初めてメールで長くなったら嫌われそうなんでこのへんにしときます。よかったら返信ください。ほんと久しぶりやなあ、ごめんねビックリさせて。ではではよろしく。


返信来たああ(^ν^)

わあい、返信ありがとう。ひょっとして来ないかもなどと思っていたので喜びひとしおです、嬉しい。
「メールありがとうございます。それなりに暮らしています」という簡素な返信やったけどとにかくも嬉しい。覚えてくれていたのがホントに嬉しい。

あ、嬉しいを3回も書いてもたね。嬉しさついでにええい、書いてまえ。

実は27で見合い結婚した連れ合いを3年前に癌で亡くしました。突然でした。一人暮らしにようやく慣れたけど70を過ぎてさみしさがつのります。5年前に越して来た団地に知り合いもなく、読書と音楽とテレビで徒然を紛らしています。
そこで厚かましいお願い。一度、電話くれませんか。携帯番号は090××××××××です。
一度、声を聞いたらそれで満足です。あの頃の甘酸っぱい思いが甦ればそれでええんや、ごめんな、頼む。


沈黙の和子

あれから1か月経った。電話どころかメール返信も来ない、沈黙の和子。
どうしたんやろ、いきなり「一人暮らしでさみしい」なんて書いたんでヒビってるんやろか。何回メールしても梨の礫。同窓会名簿には住所も電話番組もなく、あるのはメアドだけ。
困り果てて俺は幸代に電話した。高校時代は親しくなかったが年に一度の同学年会に行って言葉を交わすようになった、スナックをやってるから事情通かもしれん。

アホやなあアンタ、54年ぶりの突然メールでなんでそんな事をいきなり書くのよ、下心見え見えやんか、この助平ドアホ。まずはどこかの美味しいイタ飯でも誘うのよ、オンナは食い物で釣るのが一番。

散々に言われたけどそれなりに調べてくれることを約束してくれた。再来週は同学年会、できるなら是非来てくれと伝えてくれとも頼んだ。逢えるかなあ逢えんやろかなあ。


同学年会

幸代からも何の連絡がないまま来てしもた同学年会当日。50人ぐらい集まっていたけど幸代も来ていない。幹事に訊いたら都合わるく欠席とのこと、ついでに和子のことも訊ねたらニタっと笑って何にも連絡ないけど当然に来ないという。なんでニタっと笑うねんこいつ、幸代め何か喋ったな。

そんなことで怒ってもしゃあない、グッと我慢してまずビール、立て続けに二杯。飲むほどに自己嫌悪→ああ、なんであんなにせっかちに書いたんや、「一人暮らしがさみしい、電話くれ」なんて。思えば60年近く喋ったことはないんやで、彼女が俺のことをどう思ってるか何にもわからないのに、あ、嫌われてたんや俺は。と、ワイン、日本酒、焼酎を手酌て重ねてしもた。

いつしか宴はカラオケ大会に。誰かがサザンを歌い出した。

その歌詞が引っかかってしもた。


幸代に「下心見え見え」と言われたもんなあ。思えば俺の人生、下心ばっかりやった。何をするのも下心、明日のために今日は我慢と努力。大切なのは「いま、ここ」なのにそれを見逃して明日のために今日は下心。せっかく初恋の彼女に逢える、口をきけるチャンスか来たのにフイにしてもた、アホやあ下心。

いつしか俺は眠ってしまった。気づくともう誰もいない。いや、誰かの膝枕。わあー、そこに居たのは和子、彼女やった。和子は艶然と微笑んだ、そして「起きた?」と口を開いた。

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