天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

プロの暇人であることは

昨日、戯れ歌一首を得た。

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将棋NHK杯を観戦していて得た歌。


数年前の藤井聡太ブームに煽られてNHK将棋を毎週録画観戦を始めたのだが、これがなんといまだに継続出来てるのが嬉しい。実際に指す能力も意欲も全く無く、観る将に徹する所存。
そしてまたこの歌は決意表明でもある。

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テレビ番組「神の数式」を見て購入決断した本。昨日、梱包を解いていまだページをめくっていないけどこの本で量子力学の高い門を潜り抜ける決意だけは持っている。


ここでいう対称性とは回転対称性、並進対称性、ローレンツ対称性などの事だが、平たく言うとどこでもいつでもどの視点からでも成り立つ対称性ということだ。つまりディラックは電子を数式にモデル化するに際してどこでもいつでも運動している誰からでも成り立つ対称性をモデルのルールとして採用したのだ。


そして音楽。アイザック・スターンがええことを言うとる。


そうなんだよな、生き方と職業とは別。それ故に、音楽は人生観や世界観をヒントに生まれることはあっても成果としての音楽は思想や人格とは独立して味わい評価すべきもの。
この歳になってようやくこんなことを思うようになった。ショスタコーヴィチ社会主義リアリズム作曲家、だから彼の交響曲5番は素晴らしいと高校時代は思っていたなんて夢みたい。
そこで俺も言おう。プロの暇人は生き方ではない、職業だ。さあ、音楽と将棋と物理学を楽しもう。