天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

シューマン 歌曲の年1840年

リーダークライス全曲予習2日目→今朝はop 24の9曲、op 39の12曲を通してシュライアー×シフで聴いた。そこで感想だが、歌詞大意、対訳で参考にした記事からコピペさせて貰う。


上に少しずつ書き添えた要約から、おわかりいただけるように、Liederkreis, Op. 24 の内容は、一貫した物語性をもっていないようです。 失恋・悲恋経験を表現した初期のハイネの詩という以外の共通点はありません。 

「古城の上で」Op.39-7
ライン川の岸の山上にはたくさんの城がありますが、その多くが廃墟です。この詩は、年老いた騎士が何百年も川を見下ろして座っているという不思議な話。音楽も、時間が流れを止めて凍ってしまったかのような独特の雰囲気をもっています。


端的に言うとop 24は失恋の歌、op 39は失恋だけではなくもっと広く深く人生の歌となる。質的に違うのだ。そして失恋したことのない俺は単なる失恋の歌op 24より人生観の歌op 39の方がより芸術的だ、この2つの間にはシューマンの年輪の成熟があるのではないかと思ってしまうのだ。ところがWikipediaを見ると


シューマン1839年の時点では「声楽曲は器楽曲より程度が低い。―私は声楽曲を偉大な芸術とは認めがたい」と述べており、現に作品23の『4つの夜曲』までほとんどピアノ曲ばかり作曲していた。しかし、1840年にクララとの結婚が近づくと、一転して続々と歌曲を手がけるようになる[89]。1840年3月から7月までの間に、シューマン音楽史に残る5つの優れた歌曲集を作曲した。二つの『リーダークライス』(作品24および作品39)、『ミルテの花』(作品25)、『女の愛と生涯』(作品42)、そして『詩人の恋』(作品48)である[89]。 これらを含め、この年に120曲以上の歌曲、重唱曲が作曲されている[注釈 18]。これはシューマンが生涯に残した歌曲の大半を超えるものであり、1840年は「歌曲の年」と呼ばれる


ふーん、面白いなあ。シューマンって人はいったいどんな人だったのだろうか、Amazonプライム・ビデオで

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を見た事があるけど、歌曲の年には触れてなかったろうなあ。


それはともかく失恋経験が無いということは今にして思えばいささか淋しいものがある。寅のこんな言葉で想うしかないのだから。


失恋はないけど初恋はある。彼女とはひとことも口をきかずに過ぎてしまった。春の高校同窓会に来てくれんかなあ。