天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

BORN AGAIN

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カンタータBCJ巻35、この中のBWV176が異色だった。キリストとニコデモとの対話に題材をとっている。対話の核心は次の通り。

ところが、せっかく夜中に危険をおかしてやってきたニコデモに、イエスは「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」と煙に巻くようなことを言うのです。
「年を取ってから、母の胎内入ってまた生まれてくるなんて、どうしてできましょう」というニコデモの反応は、素直かつ論理的なものでした。が、イエスはそういう意味で言ったのではない、と説明していきます。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。」
(この「新しく生まれる」というのは、キリスト教のキーワードのひとつです。クリスチャンになるとは、古い自分が死んで新しい自分として生きることであり、また永遠の滅び(地獄)への人生から、永遠の生命(神の国)への人生にスイッチすることなのです。
クリスチャンの中には『Born Again』というステッカーをギターケースなどに貼っている人もいます。)
http://www.nunochu.com/bible/72_jesus/jesus007.html

要するに、神=キリストを信じない人間は単なる肉、神を信じてこそ霊=永遠のいのちを得る。そのためにはBORN AGAIN。

と、ここまで理解したところでBluetoothイヤホンのバッテリー切れ、バッテリーは切れるもの、霊なんかないのだから永遠のバッテリーもないのだ。
とはいえ、バッハは霊を信じたからこそ素晴らしい音楽を作れた。霊を信じないでバッハを愉しむ、そこが渡世人の辛いところよ。

Disc35
ライプツィヒ時代1725年のカンタータ
第128番『ただキリストの昇天のみが』BWV128
第176番『傲慢な、そして臆病なものが』BWV176
第87番『今までは、あなたがたは私の名によっては何も願わなかった』BWV87
第74番『私を愛する人は、私の言葉を守る』BWV74
野々下由香里(S) ロビン・ブレイズ(C-T) 櫻田亮(T) ペーター・コーイ(Bs)
録音:2006年7月