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天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

宗教方程式完成

カンタータBCJ巻12復習→まずはBWV147「心と口と生活で」。あの有名なコラール「主よ、人の望みの喜びよよ」を聴いて終わりかと思ったらまだ続く。そうか、2部構成だったなと聴き続ければ、終曲コラールのひとつ前のバス・アリアが力強い。

アリア (バス)
主の みわざを 歌わん
ほめうたを 献げん
主の 約せし 愛は
弱き 身と 口を
聖(きよ)き 火もて 強めん

これを聴きながら、リヒターの有名カンタータ集にこの曲入ってるだろと思いつき、リヒターへ。下記がそのアルバムへのリンク。
http://www.hmv.co.jp/artist_バッハ(1685-1750)_000000000002339/item_教会カンタータ有名曲集(BWV-4-51-56-140-147-202-)-リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団_504795

リヒターは気迫が違う。アマ合唱も気にならない、そしてコラールがロマンチックに響く←昨日の俺の記事「バッハ、裏返しのロマン派」は当たっていたわいとほくそ笑む。
BCJには悪いけど仏造って魂入れず、リヒターは入魂なのだ、

閑話休題→宗教論。
キリスト教=人生訓「泥棒にも三分の理→汝の敵を愛せよ」+信仰「主よ、憐れみたまえ。永遠の魂」
では、神も仏も主も信じられない人間は信仰を如何に実感すべきか。

そこで思いついたのが指月の喩え→賢者は月を見るが愚者は月をさす指を見る。
俺は愚者だから月=神・仏・主は見ない、見えない。それよりも月をさす指→人々の神仏への信仰、憧れ、無私のまごころを見よう。実感を持てるのはキリエやアーメンよりも念仏、南無阿弥陀仏だなあ。

そこで神=Σ南無阿弥陀仏。上に引用したバス・アリア「神のみわざを歌わん」も南無阿弥陀仏なのだ。
これにて宗教方程式完成。嗚呼、屁理屈好きよ。

宗教=人生訓「泥棒にも三分の理→汝の敵を愛せよ」+Σ南無阿弥陀仏「主よ仏よ、憐れみたまえ。永遠の魂」

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