天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

自己の精神内部における1%の神秘

佐々木閑「犀の角たち」読了。仏教書の筈なのにその3/5が自然科学解説という面白い本だ。

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著者の佐々木閑は100名著でお馴染みの仏教学者。

www.nikkei.com
お陰で多世界解釈を理解できた。物理学の人間化(量子力学について)から引用させて頂く。

☆この「多世界解釈」では、例えばこういうことが起こります。観測者が、電子をaの位置に観測する世界Aがあり、観測者が、電子をbの位置に観測する世界Bがあり、観測者が電子をcの位置に観測する世界Cがあり、というように無数の世界が同時に共存している。しかし、実際に観測されるのは、この中のひとつであり、世界Aにいる時は他の世界を観測することができません。この「多世界解釈」によると「平行宇宙」というものも存在することになります。

また、木村資生の進化の中立説も理解できた。佐々木閑「犀の角たち」 - 吾 - Gooブログから引用。

木村資生の進化の中立説。進化を厳密な数学で証明しようとした。
「良い変異」というものを考えず、遺伝子は変わりたい放題変わっていくが、生存に都合の悪いものだけが排除され、有害でも無害でもない中立のものが蓄積されるとした。偶然の産物として我々を形成していく。
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ダーウィンは、自然淘汰で生き残った生物を最良品と見ていて、木村は進化の基本構造が中立であると捉えていた。

 そして、釈尊が切り開いた初期仏教の本質は

釈尊時代の仏教は自己鍛錬の宗教である。
99%の合理精神と、自己の精神内部における1%の神秘から成り立っていて、その1%が仏教を宗教として成り立たせている。
悟りのプロセスにおける精神のレベルアップに関しては理論的説明がないため、そえを最初から信じてかからなければいけない点が、仏教が宗教として存在しているゆえん。

という言葉が心に残る。「自己の精神内部における1%の神秘」とは悟りのこと。悟りを除く仏教の全ては合理性(因果縁起)に尽きるということだ。 

などと邪念雑念まみれの俺には悟りなど到底不可能だろうが、「自己の精神内部における1%の神秘」に余生を賭けてみようかとは思ったのである。

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