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天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

「得は迷い、損は悟り」と映画「ハンナ・アーレント」

こころの時代~宗教・人生~ アンコール「仏の世界を生きる」

日本仏教は宗派仏教として展開し、一見、同じ仏教と思えない表現の違いがあるが、2500年前の釈尊から現代までの多くの仏教に共通しているのが、心を鎮め心を観察する坐禅瞑(めい)想法である。この坐禅瞑(めい)想の魅力にひかれて、京都大学大学院での原子物理学の研究者から一転して出家の道へ進んだ禅僧村上さんに、釈尊以来、師匠から弟子へ直接伝えられた仏の世界、人間の狭い意識の枠を超えた悟りの世界を伺う。

全文起こし記事からエッセンスを引用。

村上:  それぞれに価値観―自分の人生総合して価値観作っている。それは当然ですけども、それにすがって生きているわけです。それ一回御破算(ごわさん)にしたらもう不安で不安でしょうがないですよ。自分の拠り所が。
金光:  しがみついているところがありますから。
村上:  だけど禅というのは、最初全部取り上げられるんです、残酷ですよ。情け容赦なく。そうせなスタートせんから。しかし一般の方、そのままでも、できるだけ森へ入って、森全体あれお袈裟なの。霧、雲、山の中で、それ全体が包んでいるでしょう。あれお袈裟なんです。そこへ浸っていると、魂の別の部分が、どんな歪んでおろうが、どんな苦しんで行き詰まっておろうが、スーッと浄化するでしょう。水俣は今もの凄い綺麗な世界的な海になったでしょう。海に任せておったら、毒素消えたどころか、もう海草のジャングル、プランクトンがいっぱいだから魚いっぱい、海の消化力って凄いですね。人間のつとめというのは、あらゆる生き物の―先ず身近な人、どう言ったら幸せにしてあげられる。この人どうやったらいいだろうか、というところからやるのが嬉しいの。こっちが何より。「できるだけ損をすること」って、澤木老師が教えてくださる。「得は迷い、損は悟り」というんだから簡単だ。

ググって見つけた


「一処不住」の村上光照師の聞き語り① - 春野町で暮らす山里日記 いちりん堂/楽舎 (池谷 啓)

から。

澤木老師のお弟子さん、「一処不住」の村上光照師の聞き語り①──────おやじが戦死して、ぼくは母一人で育てられた。とことん金がなかった。大学では、山岳部に入って剛力のアルバイトをよくやったよ。着るものといったって学生服しかない。その学生服のまま重い荷物を担いで、よく山に登ったもんだ。おかげで体が鍛えられたよ。▲大学では物理学を学んだ。学問として物理学はおもしろいものだった。でも、ほんとうの生き方ってなんだろ、そのことをずっとを求めていた。▲世渡りのこと、身過ぎ世過ぎのことなど、一度も考えたことはなかった。

坐禅に出会ったのは、大学二年の時だった。▲ある日、坐禅していると、心境がスーっと澄んでね。まことに静かな世界になった。▲あらゆる生きものの苦しみや痛みが、わがごとのように感じられたんだ。なんというか、まるで〝いのち〟からしみ出てくるように感じられてきた。▲それから、難解なことで有名な禅語録の『碧巌録』を読むと、おもしろい、おもしろい。手にとるように、わかりだした。「なるほど。禅とはこういうものか」と思ったものだ。▲ところが、後に澤木興道老師に会うと、そんなものは「小悟の世界」ということを知った。

 

 


ハンナ・アーレント|映画|WOWOWオンライン

前半退屈少々眠気、後半盛り上がり、強い人ハンナと感嘆せり。


映画「ハンナ・アーレント」レビュー、思考し続ける大切さと意志の強さ

映画の中でもニューヨーカーの編集長は掲載前に危惧しているシーンがありますが、それは彼女の文全体の結論ではなく、この一点のみを取り上げているにすぎません。それは「ユダヤ人指導者の中にもアイヒマンに協力した者がいた。それによってユダヤ人の犠牲が増えた」という記述です。

この記述はなぜ必要か。まずそれが裁判で明らかになった事実であるからというのが1つ。そしてナチスは加害者側にアイヒマンのような思考停止的な非人間を量産してしまう罪とともに、被害者側のモラルの崩壊を引き起こしたのだ、という主張を展開するためでした。思考停止とモラルハザードを呼び起こすナチスの罪はユダヤ人に対してのみならず、人類に対する罪であったと彼女は主張します。全体を読み考えれば彼女が単にアイヒマンを擁護などしていなことはわかるはずですが、批判者はそれに気づきません。そこにアイヒマンのように上からの命令をただこなす思考停止とは別の思考停止マインドが描かれます。映画は徹底して、思考することの大切さを描き、それを貫くアーレントの意志の強さを描きます。

ところで、ハンナの夫がどんな人か気にかかって検索→ハンナ・アーレント、あるいは波瀾万丈な人生: 一酔人経綸問答から引用。

・当時マールブルク大学で教鞭を取っていたハイデガーと不倫関係に陥る。アプローチしたのはハイデガーからだったらしい(この辺はハイデガー側のラブレターしか残ってないので詳細は不明)。むろんお堅い大学町で不倫関係は御法度で、両者はバレないように細心の注意を払っていた。

・その不倫関係は、アーレントが他の大学に移ることで一端終了したように見えたが、両者の関係はその後も続いていたらしい。ハイデガーからの呼び出しには「仕事や友人や義務を投げ捨てて会いに行っていた」(116頁)。両者の決定的な断絶は、ハイデガーナチスに魅了されて党員になったからであることは今日よく知られている。

・不倫の挫折からユダヤ人哲学者ギュンター・シュテルンと結婚したが、結局それも失敗し離婚(アーレント曰く「なんとなく誰でもいいという気分から、愛してもいない人と結婚しました」『アーレントハイデガー往復書簡』no.49)。フランス亡命時代にハインリヒ・ブリュッヒャーと再婚(アーレント33歳、ブリュッヒャー41歳)。だが、シュテルンとの友情関係は続いていたようで、フランスからアメリカ行きのビザを用意してくれたのは、ほかならぬ別れたこの元旦那であった(228頁)。

・フランスでもドイツ開戦以前から反ユダヤ主義が高まり、抑留キャンプに「敵性外国人」として収容される。このとき、再婚したブリュッヒャーとフランスで危うく生き別れになるが、偶然に再会(ヤング=ブルーエルはこの再会を「世界史の幸運な詭計」と表現している)。

・ビザの下りない母親を友人に託し、夫とアメリカに亡命。財産は「所持金25ドルと〈アメリカ・シオニスト機構〉からの月額70ドルの給付金」(235頁)。英語を習得しながら、ドイツ語新聞『アウフバウ』に公開状を送り「ユダヤ人は軍隊を持つべき」という論陣を張り、コラムニストとして採用される。渡航後、夫ブリュッヒャーはしばらく働く気力がなかったらしく、働かない夫の分も含めて悪戦苦闘の毎日を送る。

・夫ブリュッヒャーはその後政府の機関の調査助手となり、陸軍でドイツ軍史の講師を経て、最終的にはバード・カレッジで教授となり、1968年死亡するまで勤務。だがその夫が浮気をしていることにアーレントは気づいていたらしい。ロシア系ユダヤ人女性ローズ・ファイテルソン(アーレント『思索日記(Ⅰ)』72頁)との仲を暗黙に認めながらも、いわゆる「仮面夫婦」とはならずに、政治や哲学について夫と討議し、また離れた際にはその体調を気遣った。

井筒俊彦イスラーム哲学の原像」読了(終盤投げ出し気味)。井筒思想の消化不良を唯識勉強で取り返さむと図書館にリクエスト。今日からプール2週間休みなので図書館までウォーキング所存。


第一部 イスラーム哲学の原点――神秘主義的主体性のコギト
第一回講演
Ⅰ 問題の所在 / Ⅱ スーフィズムと哲学の合流…
井筒俊彦「イスラーム哲学の原像」 序 第一部 イスラーム哲学の原点――神秘主義的主体性のコギト 第一回講演 Ⅰ 問題の所在 / Ⅱ スーフィズムと哲学の合流…

今日は映画三昧。これも面白かった。 

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 父の祈りを みんなのシネマレビュー

 親が悪い、社会が悪い、自分は不運だった。だから盗みもやるし、クスリにも手を出す。仕方のないことだ…。そんなジェリーを変えた父の姿。このような苦境に立たされても決して希望を捨てない。嘆願書を書き、祈り続ける日々。堕落していく息子にも失望はしても見放しはしない。そんな父を演じたピート・ポスルスウェイトの素晴らしいこと。同じ刑務所に入れられたというのはフィクションらしいけど、冤罪事件をベースにした父と子の物語は一粒で二度おいしい。真犯人が現れ、同じ刑務所にやってくるなど飽きさせない展開でもある。そのせいか駆け足に感じる部分も無くはないが、それでも自信を持ってお薦めできる一本。

 

 

 

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