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天井桟敷日記

「天井桟敷からの風景」姉妹版

存在の夜に啓示が降りてくる

井筒俊彦「『コーラン』を読む」(井筒俊彦著作集8)読了。

第1講 『コーラン』を「読む」方法
1 『コーラン』の形成
2 「読む」こと
第2講 神の顕現
3…
井筒俊彦「『コーラン』を読む」(井筒俊彦著作集8) 第1講 『コーラン』を「読む」方法 1 『コーラン』の形成 2 「読む」こと 第2講 神の顕現 3…

この本の要点を概念的に整理すると

井筒氏の本は深いコーランの読解である。井筒氏は①現実的記述②想像・幻想的記述③物語的の三層構造から読み解こうとする。終末は幻想的記述とみる。コーランを7世紀のアラブの社会革命、宗教革命として歴史視点で見るのも面白い。①イスラム以前の運命・宿命主義(無常観)に対して、神の意思による存在の自由創造と神・存在の賛美、②部族共同体社会に対し、神と個人が向かい合い、信徒同士の信仰共同体ウンマ)への転換③偶像崇拝多神教から一人格神への転換へ④アラブ遊牧民的自力救済から神の奴隷としての絶対他力帰依主義へ、など革命的だった点がわかる。

ということになるが、これはあくまでも「現実的記述」。宗教は「想像・幻想的」「物語的」に読み解くべきものなのだ。そこで、イスラームの宗教性を支える「存在の夜」の恐怖に想いを馳せなければならない。

イスラームの宗教性を底辺部分で支えている一種独特の世界感覚なるものを考えてみますと、「存在の夜」という形象が浮かんできます。『コーラン』の奥底のほうには、近代人なんかには想像もつかないような不思議な現実が開けているのですね。
 わたしたち現代人は、古代世界を考える場合でも、ややもすれば現代的感覚でそれを表象する傾向があります。今の感覚で古代的世界を見ると、古代人の生きていた世界が昼間の世界みたいに見えてくるのですね。底のほうに暗いもやもやしたものが感じられるとしても、そこにははっきりした構造を読み取れるような昼間の世界なのです。これでは、自分の手の指さえ見えないという古代の砂漠の闇の恐怖をリアリティを持って想像することができません。いや、この砂漠の夜の闇の恐怖は、オアシス都市から100キロも離れれば、現代のアラブ人にとっても変わらないものかもしれません。彼(女)らはほとんど目隠しをされた状態で、どんな敵がいるかわからない真っ暗な砂の海中に立つのですから。

 明るい昼と照明の夜を生きてるだけではワカランわなあ。恐怖や不安を味わずに安穏な暮らしを終えたい俺には信仰は高嶺の花なり。

 

井筒俊彦著作集8 コーランを読む

井筒俊彦著作集8 コーランを読む