園子温「愛のむきだし」は?
ウィーン・フォルクスオーパー日本公演 喜歌劇「メリー・ウィドー」をちよっと観る。歌手いまいち。
遠藤周作「イエスの生涯」。「愛のむきだし」ゴミ箱に入れてあったのを取り出しちらと/ネット検索してストーリーとレビュー見てこれは観なきゃと改心。
100名著「ハムレット」終了/なんだかようわからん。プール、アリオ昼寝&「イエスの生涯」。
帰宅して「愛のむきだし」最後まで。結局ナニが言いたいねんとググりまくり。監督インタビューから引用。
──新約聖書の中のコリント人への手紙13章を引用したのは、それが今の時代にもリアルな詩のフレーズだからですか?
園 もちろん好きな言葉だけど、あれが不思議なのは、「愛は寛容なもの」だと言っているのにもかかわらず、映画の中では、愛がずっと不寛容なものとして描かれていること。それはキリスト教にも通じるんだけど、せっかくいいことを言っているのに、それを言えば言うほど不寛容な状況になってしまう。愛がこうなったらいいなと願うほど、それが真逆の方向にいってしまうという不幸、それを描きたかった。愛が「素晴らしい」と言ったそばから色褪せしぼんでいく予感、その恐怖、それでも愛ってすごいなと、その両極端が映画に出ている。
ふーむ。わかったようなワカランような。そこで、みんなのシネマからも引用。
しかし、よくよく考えれば、この映画の宗教描写はあまりに乱暴過ぎるのではないかと思った。 主人公は、明らかに怪しい新興宗教に陥っていくヒロインに対して、「あの新興宗教でなければ、他のどの宗教を信じてもいい」というようなことを言う。 無信仰な者の台詞であれば、べつに違和感はない。しかし、主人公が生まれた時から敬虔なクリスチャンの家庭で育った人間であることを踏まえると、ちょっとあり得ない台詞なんじゃないかと思う。 そして、この映画では、信仰の深い人間が徹底的に危うく脆い者として描かれる。 「宗教」がテーマの核心に存在しているが、この映画はどこかで、信仰を軽蔑しているように見えて仕方がなかった。 そういう“立ち位置”を今作に感じてしまうと、みっちりとエグい描写が羅列する程に、致命的な軽薄さが垣間見えてしまった。 ただし、このあまりに特異な映画世界に息づく演技者たちはすべて素晴らしい。 特に物語的な主人公と言っていい“3人”が凄い。 西島隆弘、満島ひかり、そして安藤サクラ、この若い3人の俳優が凄まじい存在感を全編に渡り放ち続けていた。 さて、結局面白かったのか、面白くなかったのかどっちなのだろう。 ああ、困った……。
ふむふむ同感。「希望の国」がまずまず面白かった園子温監督だが、この映画は?であった。ところで、満島ひかりはエエよ。
「愛のむきだし」園子温インタビュー('09年1月号) - インタビュー | Rooftop
「いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」
『愛のむきだし』 pic.twitter.com/ZQDv5Qajdw
— 映画の名言 集めました。 (@eiga_meigenshuu) 2014, 12月 25
せっかくのXmasですから、映画 愛のむきだし より、コリント信徒への手紙13章をどうぞ☺️🎀 本当に感銘を受けた🌟
http://t.co/DlWtT0Utnp
— nature (@azumin27) 2014, 12月 25